かつて「STAP細胞」に関する調査委員会の報告が発表された。だが、この報告が妥当な結果の発表の仕方だったのか? 疑問を感じる次第。事実は事実として報告はあるべしとは思うが、小保方氏が言うとおり、論文の全体がねつ造であるという結論の出し方に思わせる報告は事実をねじまげているとは言えないだろうか?調査委員会の意見である、ということなのだろうが、ねつ造という結論を出すことが早計であったように思われる。丁度先に再審裁判が認められた事件においては、あきらかにねつ造と説明ができるものである。その証拠をもって犯人と断定しているわけだから、その事実自体が間違い=ねつ造であると判断するのがきわめて妥当、納得できるものである。されど・・・というのがこの理化学研究所の調査委員会の発表であり、結果として納得できないという説明であったと私は判断する。これらの事象は、普段のビジネスにおけるホウレンソウ(報連相)の中で引き起こる問題(他山の石)でもあることをビジネスパーソンは認識すべきことを知るべきである。「事実」と「意見」立派に社会でお役に立っていたはずの会社が、なぜか裏切り行為に走ることがあります。それは会社存在のワケが分からなくなっているからです。

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