「出会い」というのは、微妙な表現で、「袖すり合うも他生の縁」と言われるように不思議な縁(えにし)を感じるところ。    縁は異なもの粋なもの  縁は異なもの味なものいずれの表現もあちこちで使われている。まさに「粋」であり「味」わいのあるものが「出会い」というもの。英語とか他の国の言葉でも「粋」なもの、という表現になっているのか私の知識レベルでは何とも言えないのだが、、、「縁」そのものは、「Chance」とか運命(学)的には「Fate」などの言葉が使われる。海外に行った時にも、この言葉を体感したことがある。すなわち、「チャンスの頭ははげ頭」という言葉。随分昔の話だが、ビジネスで韓国に行った時に、韓国人から受けた説明は確か「チャンスの頭は後ろ髪が無い」とかいう表現だったと記憶している。どさくさで言われたのは「あんたは前髪はないけど後ろ髪がある」(閑話休題)要は、前に気づけば髪をつかめるが、後ならツルツルすべってつかめない・・・という意味合いで、ま、どこの国にいっても、チャンスを逃す人が多いということがこれで証明できそうだ。青春時代から考えると、「結婚のチャンス」「就職のチャンス」「転職のチャンス」「独立のチャンス」「浮気をするチャンス・・・あ、まーこれはなくても良いのだが(汗)」「世界に羽ばたくチャンス」「社長になるチャンス」・・・まー、書ききれないのを承知で書いているのだが、いろいろとある。これらはすべて「出会い」の中で起こる「チャンス」。縁というのか不思議な事が起こっている。私は、この「出会い」「チャンス」というテーマを書くために読んだわけではなかったが、ホントにたまたまだったのだが、「チャンス」という言葉に読んだ本2冊ともひっかかってきたのだ。1冊目:朝日記の奇跡(日本能率協会マネジメントセンター)佐藤伝著    2005年初版2冊目:感謝日記(同文館出版)柳澤三樹夫著    2008年9月初版この2冊、たまたま“日記”というテーマで一緒に読み始めたものだった。その中に書かれている文章に惹かれたので、読者の皆さんとシャエアしよう。<1冊目の中のくだり>に「流れ星の秘密」という小題がある(186頁~)流れ星に3回願い事を言うと、その願いがかなう・・・って昔から言われている、、、そのことについて書かれていたのだ。すなわち、でも、ちょっと待って・・・読者のみなさんは流れ星に3回唱える時間なんてあり得ないと思うよネ。私もそう思うのだが。そこをうまく表現しているのが、この作者のするどいところだ;『流れ星は突然やってくる。(略)自分の夢をすぐに言うためには、(略)いつも自分の夢について考えていなければならない。年がら年中自分の夢をワクワクしながらいつもあたためているからこそ、急に夜空に出現した流れ星に対して「私の夢は、○○○だ」と間髪入れず、逡巡せずに宣言できるわけなのだ。さらに『声に出して言えるかどうかも非常に大切なことだ』(3回も周りに人がいても、言える・・・だからこそ夢がかなって当然じゃないのか、との提言)<2冊目の中のくだり>「問題はチャンス」「降格もチャンス」「クレームだってチャンス」・・・それを「どう捉えるか」によって価値が変わる。すなわち、『出来事自体に価値があるのではない。受け取り方に価値がある』と。ほとんど、「チャンス」という言葉に圧倒される内容になったが、「チャンス」と「出会い」は同義語だと私は思っている。出会いは、必ずしもヒトとの出会いばかりでなく、モノとの出会い、あるいはコトとの出会い、があるものだ。出会い・チャンスという波動は、アンテナを立てた人だけが感じるものであって、全ての人が、同じ事象に出合っても同じようには感じないのだ。それはそれで良いとは思うのだが、何も感じない人にだけはなりたくない・・・よね!

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